歴史の息吹を感じ自然を畏怖し、慈しむ/ご住職 土岐邦彦さん

重厚な風格のある山門



山県市の大桑には天文16(1547)年まで大桑城が存在し、土岐頼芸やその兄である土岐頼武とその子である土岐頼純の居城でした。その大桑城があった山は現在では古城山と呼ばれています。瑞応山南泉寺(臨済宗妙心寺派の寺院/美濃新四国霊場第六十九番札所)は、大桑城の「南の第」と呼ばれた土岐氏の邸宅跡に建てられた寺院で仁岫宗寿とその弟子の快川紹喜を開山とするお寺として知られています。

南泉寺

正門には重厚な風格のある竜宮門、その先にもう一つ総門があり、門をくぐるとその先に本堂があります。南泉寺には土岐頼芸の作と伝わる鷹画のほか、土岐頼純の肖像画、快川紹喜頂相などの文化財が所蔵されています。

お寺に生まれて



南泉寺の現住職である土岐邦彦さんは、先代(父親)から引き継ぐ形で住職となりました。「以前は住職に仕えるお弟子さんがこのお寺を代々継いできたのですが、父の代から子である私がこのお寺を継ぐことになりました。在家からお坊さんになられた人とは少し気持ちが違いますね」と話します。幼い頃からお寺さんの子という周囲の目を、少し重く感じてしまう自分がいたと話す土岐さん。

南泉寺

「注目されるのが嫌だった、へんなことはできないと、幼いころは自分で勝手にそう感じていました」と当時を思い返します。いつしかお寺だけで一生を終わりたくないという思いが強くなった土岐さんは、外の世界に心が動きはじめ、東京の大学への進学を選択し、大学院まで進みました。

南泉寺

その後、東京で就職。大学の助手から講師、助教授となります。その期間、奥様と子どもさんは土岐さんのご両親といっしょに岐阜で暮らし、単身赴任での生活を過ごしました。当時は、月曜から東京で仕事をして週末は岐阜に戻り、土日はお寺の法事やそのほかの行事で埋まり、この時期は年間3日ほどの休み。小学生だった子どもさんを遊びに連れていくこともなかなか思うようにいきませんでした。

南泉寺

出会いと別れ



東京で暮らしていた時期に、土岐さんは住職の資格を取るため 先代の住職の勧めで京都のお寺に入り禅の修行を経験しました。修行はつらく大変で、その修行期間を終え、お師匠さんや同じ釜の飯を食べる仲間と別れるのが本当に辛かったと話します。多感な時期に心服できる師匠に出会えたことは大きな出来事だったと土岐さんは教えてくれました。

南泉寺

土岐さんは42歳の時に母親を亡くし、続いて父親である先代の住職が倒れ大変だった時、時期を同じくして岐阜大学に新しい学部ができることになり、創設メンバーとして声がかかりました。家族のことも気がかりであり、これまで続けてきたことを地元で継続できる環境が整ったことで、土岐さんは思い切って山県に戻ることを決断しました。その後、大学は定年まで勤めあげ今に至っています。山県に戻り住職としての務めを行いながら生活を続け、檀家さんとも節目節目で会うことで繋がりが深まり、土岐さんは地域住民にとってより身近な存在となっていきました。


わかり易く伝えることの大切さ



土岐さんが随分前からいつも心がけていることがあると話してくれました。それは、葬儀の重要な儀式の1つである引導をわたす時、禅宗の場合は漢文調で唱えるのですが、土岐さんはあえて口語体で唱えるようしているとのこと。故人の生前での生き方や功績などを讃える際に、聞いている遺族や故人とゆかりのあった方々にわかり易く伝えることが重要で、一人ひとり違う引導を渡すことで、檀家の皆さんも喜んで下さるそうです。時には引導の文章をつくることに苦慮されるていることもあるそうですが、遺される人にとってはとても大きな慰めとなっているようです。

南泉寺

そして土岐さんの一番の主眼は本堂の修復。ずいぶん前から考えてきたことではありますが、お寺が1517年に開山をしてから丁度500年目という節目に檀家さんに提起したところ、檀家さんの絶大なる協力に恵まれ、3年の年月をかけて見違えるほどの本堂に生まれ変わりました。息子さんが修行からかえってきてお寺継ぐことになり、新しい本堂で晋山式を執り行うことができるそうです。

秘めたる想い



美しく整えられた南泉寺を見ながら、「今は退職して時間ができたので庭の掃除もゆっくりできるようになりました」と話す土岐さんに、趣味は何ですかと尋ねたところ、「毎晩布団の中で小説を読むくらい」と、言葉少なめです。

「もうすこし時間がとれるようになったら、以前に旅行したバチカン市国のピエタ像をあらためて拝観したい、キリストの亡骸を抱くマリア様に心洗われました。『サンピエトロのピエタ』はミケランジェロ作のピエタ像で母親が子どもの死を悲しむ姿が強調され、哀れみがさらに強く引き出されています」と話してくれました。
土岐さんは多くは語らない方なのですが、秘めたる想いや知的好奇心が活発で、住職としての仕事と教育者、研究者としての多岐に渡る活動は絶妙なバランス感覚を備えておられる方です。

南泉寺

柔和な笑顔の内には強い信念が感じられます。それは幼少の頃からこの特異な環境を受け入れ冷静に自らを俯瞰できるからなのだと思います。大桑の静寂で歴史があり、重厚で風格のある門の持つ南泉寺は今日も静かに暮れていきます。
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