安心な“subako”で待っているから/一鴎 石井まなみさん

滋賀県に生まれ、国内外の各地で働きキャリアを積んだ後、山県に拠点を構えた石井まなみさん。肩書きは料理人で猟師で農家で、飲食業のコンサルタントで、農と食をつなぐフードキュレーター。さらに食や農の体験を通して、引きこもりや不登校の人たちの支援も行っています。一人何役もこなすそのエネルギーは、どこから湧いてくるのでしょう。

「空き家あるよ」の一言で



家

石井さんの住まいは、伊自良川の清流沿いにあります。この地を知ったのは、軽井沢のホテルで料理長として働いていた時。ちょうど退職を意識して次に行く場所を考えていた頃で、ある縁で知り合った山県のクレソン農家のところに遊びに行ったのがきっかけだそう。「摘草料理『かたつむり』でその農家さんと話していたら『すぐそこに空き家があるよ』って。それで、住んじゃおうかと(笑)」。石井さんの行動は早く、なんと2週間で引っ越し完了。初めこそ仕事で留守にしがちだったものの、徐々に山県で過ごす時間が増え、今やすっかり地元住人の一人です。

料理にかけた半生と、その先にあったもの


子どもの頃から集団行動が苦手だと自覚していた石井さんは、「たぶん会社勤めは向かないなと。それで早くから『手に職をつけなきゃ』と考えていました」。食に関心を持つようになったきっかけは、畑仕事や梅干し作りなど、昔ながらの食を自然に教えてくれた石井さんのおばあちゃん。自分で料理をすることを当たり前として育ちました。そして高校生の頃、石井さんが作ったクッキーを食べたお母さんが「あんた、これ仕事にすれば?」と言ったことをきっかけに製菓の道を志します。

石井さん

生まれ育った滋賀から大阪の製菓学校へ進み、卒業後は神戸のパティスリーで4年間勤務。しかし、食べる人の顔が見える場所で、お客さんと一体感のある仕事がしたいという気持ちから、神戸の三ツ星レストラン「カセント」で働き始めます。死ぬ気で下積みをして、数年後にはシェフの右腕である、スーシェフを任されるまでになっていました。そして31歳でスペインに渡り、現地のレストランで1年勤務。帰国後、軽井沢の有名ホテル料理長に就任しました。

ここで石井さんは課題に直面します。最初に感じたのは、大企業ゆえの制約からレストランで地元食材を使うハードルが高いこと。生産者がすぐそばにいるのに、産地から調理場への流通の組み立てや、細かなやり取りができるようになるまで、かなり時間を要しました。

また産地の食品ロスや担い手不足、激変する気象条件など、生産者の置かれる厳しい状況も目の当たりにしました。なぜこのようなことが起きてしまうのか。「氾濫する情報と忙しい毎日の中で消費者が情報を精査できなくなっている。その中で利便性や安さや快適さを求め、大切なことを見逃してしまっているのが大きな要因では」と強く感じた石井さん。どうすればこれらの課題を根本的に解決できるのかと考え、出した答えは「主体性を持ってものごとを判断できる人を育てること」でした。「じゃあ辞めようと。料理長としてできることは少なすぎると思いました」。

石井さん2

猟と農とシェアハウス


ここから前述した山県への移住に至るわけですが、その際に石井さんは「私自身が食糧を生産していない」と気づきます。農家とのつながりはありおいしい野菜は手に入るが、肉がない。そこで銃猟とワナ猟の狩猟免許を取得。地元の猟師と一緒に山へ入り、猟だけでなくクリやキノコを採ったりもし始めました。獲ったシカはさばいて食肉やソーセージにし、ニワトリを飼い、小麦やお米、ハーブも栽培。そうして生活のベースづくりと並行して「人を育てる」活動が始まります。

「誰に…と考えて浮かんだのは引きこもりやうつになっている子たちでした」と石井さん。「『この社会、無理じゃない?』と身を挺して伝えている彼らになら、私が大事だと考えることが伝わると思って」。現在、住まいをシェアハウスに改装中です。名前は「subako(すばこ)」。なんて安心感に満ちたネーミングでしょう。

すばこ

豊かな自然に囲まれたsubakoで始まるのは、農と食を中心にした共同生活。「自然に触れながら暮らすとトライ&エラーがたくさんできる。料理も短時間で結果が出るところがいいんです。焦げちゃったね、しょっぱすぎるね、と、失敗と改善の繰り返しが毎日できるでしょ」。本来自然は少しずつ困ったことを分け合って、お互い環境をよくしていくようにできている。失敗して課題を持ち経験値もあげていくことで、自分の軸ができ、自らの役割に気付き育っていく。それが石井さんの信条です。

生きるうえで大切なのは、他人の評価ではなく自分の中に軸を持つこと。「学校に行けないことで苦しむのは、他人に軸があるから。行かないという選択を肯定できる自分になっていってほしい」。

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本来の自分に気付く場所に


現在はsubakoのオープンに先行して、少しずつ子どもたちや引きこもりの方を受け入れています。中にはパン作りを覚えた人がパン店へ就職したり、中学生時代から自傷行為を繰り返していた青年が販売員として仕事を始めたりと、石井さんのもとで自分の人生の一歩を踏み出す人が出始めています。

山県に感じる魅力は、小さな循環の中で人が助け合って生きていること。四季とともに暮らしてめぐりくる季節の恵みがあり、都会へ出た若者も折に触れて戻るし、自分たちで育てたものを食べる……「そのうえ移住者に親切。楽園かここは、って思いますよ」。

安心して暮らせる場所と、おいしい食べ物さえあれば死ぬ理由なんてない。「だからここでいい方法を探そう」。つらい思いを抱えている人をそんな気持ちで迎える“subako”を、石井さんは作ろうとしています。

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