
がんもどきの宇宙
取材でふらりと訪れた山県谷内の豆腐の名店、臼井とうふ店。ふとしたことから始まった店主とのやりとり。優しさを媒介してくれた、がんもどきの世界はどんなものだったのでしょうか?
「大人の美味しいは信用できんからね」
空腹なのをみかねて温めてくれた「がんもどき」を口にした時に出た、「美味しい」の一言に、気難しそうな店主の一声が飛ぶ。この店主、子供に美味しいと言われるのは嬉しいらしいが、大人の美味しいは受け付けないらしい。
美味しいものを、美味しいと言えない。しばらく途方に暮れる。
ふと、がんもどきという食べ物はいつ豆腐からがんもどきになるんだろう、と思う。店主によれば、店にはざる豆腐や、おからドーナツなどの商品があるようだ。どれも豆腐とどこかつながりのある名前だけど、かんもどきという名前からは豆腐を一切感じない。豆腐とがんもどきの間にはミッシングリンクが存在する。

店主の声で、また我に返る。がんもどきの仕上げは3本の指でそっと押さえて、形を作っているらしい。そっと押さえるときには、このがんもどきが長く地域に愛されるように、と思いを込めているそうだ。
ふたたび戸惑いを覚える。
さっきのひねくれた一言からは想像していなかった、あまりにピュアな思い。この禅問答のような状態は、なんなんだ。いや、待てよ、店主は空腹そうな自分を見かねて、商品のがんもを温めて食べさせてくれた。答えは常にひとつ。最初の一言は、店主の照れ隠しではないのか、という考えがふと頭をよぎる。
顔を上げると、店主がこっちを見て笑っていた。
山県おそるべし。
