山県の味、母の味。

山県に行く楽しみのひとつに「おんせぇよぉ~」のお昼御飯があります。炊き込みご飯とだつの酢の物が絶品で、毎回毎回こりずにおかわりしています。

先日、山県に暮らす祖母のところに行った。転んで足を怪我したという90歳の祖母は退屈だ、早く退院したいとベッドの上でゴネていた。みんなが「たまにはこうしてゆっくりするのもいいわよ」と言っていたが、非道な私は「おばあちゃんの料理を食べたいから早く退院してくれ」と言った。祖母は「ん」と頷いた。

幼い頃、夏休みのほとんどを私は山県で過ごしていた。祖母はいつもせわしなく動き回っていて、それはほとんどが家族の胃袋のための時間だったような気がする。朝早くから割烹着姿で台所に立ち、せかすようにみんなにご飯を食べさせる。炊き立ての白米、何種類もの漬物、味つけ海苔、味噌汁。正直、子どもの私には魅力的な朝ごはんではなかったが、それでも塩辛い小茄子の漬物やおばけのように大きいなめこの味噌汁を胃袋におさめると不思議と元気が出た。



朝食の片づけを終えた祖母は、裏庭に広げたすだれの上に梅干しを干したり、空き地にフキノトウを取りに行ったり、一時も休むことなく働いていた。一方、私は少し宿題をしたり、すだれの上の赤紫蘇をつまみ食いしたりと、夏休みを全身で楽しんでいた。その時には気づかなかったけれど幸せな夏休みだった。

その祖母の家で何よりも私が大好きだったのが「だつの酢の物」である。祖母の作るだつの酢の物はごはんに合う。私にとっては世界一の酢の物であり、それは祖母にしか作れない。母も私も作れるけれど何かが違う。あと何年、祖母の芋煮が食べられるかはわからないけれど皆の胃袋のためにも長生きして欲しい、とやはり非道なことを考えている私である。早く元気になあーれ。

郷土料理

忘れたくない思い出の味