
ガススタの憂鬱
取材をしていると、考えていなかった出会いややりとりに心を揺さぶられる時があります。今回のガソリンスタンドもそのひとつ。ふとした会話や言葉にはっとして想いを巡らせます。山県には優しい風が吹いていました。
7月のある日、友人に撮影を手伝って欲しいと頼まれて新幹線に乗った。電車を乗り継ぎ、たどり着いた先は岐阜県山県市。旅先ではいつもそうなのか、天気が良くないからか、気持ち不機嫌な友人とバスを乗り継いで山奥へ進む。
ふと思う。出張とはいえ、東京から出るのは久しぶりだ。
たまに聞かれる時がある。
「どんな旅が好きですか?」
そんな時「冬はスノボなんです」とか「仏像が好きで、滋賀へ行く」なんてすらっと答えられたらと、いつも思う。もちろん、そんなカッコイイ答えが自分から出てくるはずもなく、「えー、どんな旅?というとですね」なんておどおど質問を繰り返し、「まあ、なんとなく、ええ」と歯切れの悪い自分に自己嫌悪を覚えながら、結果、「旅が好きとか、いいですよね」と何の意味もない返しをして、質問してくれた人の顔にかすかに呆れの表情が浮かぶのを何だか申し訳ない気持ちで見ることになる。

そんなことを考えながら山県に向かうバスに揺られていると、ふと道路脇にガソリンスタンドが見えた。
話は180度変わるが、私はガソリンスタンドが好きだ。
旅の途中で、普段見ない景色の中にあるガソリンスタンドをついつい眺めてしまう。事務所兼休憩スペースを確認して、給油スタンド、洗車機、どれをとっても微妙に配置が違って、設計の意図を想像するのが楽しい。特に山奥にあるガソリンスタンドなどは、独特な味わいがある。
ちなみにここだけの話、私の地元はガソリンスタンドをガススタと呼ぶ。

今回、撮影場所にガススタを選んだのも、そんなに小難しい意図からではない。キャリーに入れられていた撮影用の衣装とモデルのコントラストに、愛するガススタを組み合わせてみたかったからだ。
先ほどガススタには味があると言ったが、ガススタの店主がその「味わい」を構成する主たる要因であることは間違いない。友人以上に不機嫌そうに見える店主は、撮影の合間もしかめ面で遠巻きにこっちを眺めており、自身の写真はもちろんNGとのこと。
いつ閉めるかわからんよ
次来た時にはやってないかもしれんよ
なぜ、店主がこんなことを言うのか疑問に感じたが、ほどなく理由がわかった。長年一緒にガススタを切り盛りしてきた奥さんに、つい数か月前に旅立たれたそうだ。この店でしか入れないといってくれるお客さんがいるから、お店を続けているらしい。
一通り撮影を終えて、ガススタを出ようとしたとき、店主が写真におさまることを許してくれた。

「こんな若い子と写真撮ったら、天国のかあちゃんに怒られちゃうよ」
怒られてもいいから、会いたいのか。
元気だよと伝えたかったのか。
店主がなぜ写真を撮らせてくれたのか、心の中は推測しかできないけれど、考えてみて、切なくなる。
そう、作りものではない、何気ない出会いで感情を揺さぶられる旅が私は好きなのだ。
また、あそこのガススタに、ガソリンを入れにいこう。